東京でわずか3館しか上映されていない、「愛する人」を観てきました。
本当なら試写会が当たっていたので、今年1本目の映画になるはずだったこの作品。
えぇ、インフルエンザのおかげで行けませんでしたよ。だから自腹で鑑賞。
『愛する人』
あらすじ
年老いた母親を介護し、毎日忙しく働いているカレン(アネット・ベニング)。
そんな彼女には、14歳で妊娠・出産するものの、やむを得ず子どもを手放した過去があった。
一方、母を知らずに育ち、弁護士としての輝かしいキャリアを持つ37歳のエリザベス(ナオミ・ワッツ)は、思わぬ妊娠をきっかけに母への慕情を意識し始める。
以下、ネタバレあり。そして超大作。
人物相関図を書いてベシッと貼ったら、一目瞭然でわかってもらえるのだけど。
アネット・ベニングは、先日のゴールデン・グローブ賞で主演女優賞を獲得しました(違う作品だけど)。
それだけに、この映画ももっと話題になって欲しいところ。
ナオミ・ワッツが妊娠したので、撮影が一時中断(延期?)されたものの、そのスケジュール変更のおかげで、元々オファーされていたアネット・ベニングが出演できるようになったそうで。
物語の構成は、大きく分けて3つ。
14歳の時に出産した子供をその日のうちに養子に出し、それ以来結婚もせず母の介護をするカレン軸。
カレンが産んだ子供で、弁護士としてバリバリ働く、ちょっと性に奔放なエリザベス軸。
不妊に悩み、ついに養子をもらおうと決意した黒人夫婦軸。
序盤はそれぞれが独立した話になっていて、絡むことはない。
けれど、ある1つの出来事がきっかけとなり、この3つがしゅるしゅると糸を紡ぐように絡み合っていく。
カレンは14歳の時に初恋の人の子供を出産、でも育てられないと判断した母親によって、生まれたその日に娘は養子に出されてしまう。
それ以来、ずっと罪の意識に苛まれつづけるカレン。
生きているかどうかもわからない娘のために、誕生日にはプレゼントを買い、送ることのない手紙を書いている。
そのせいからか、カレンは子供を愛することができず、家政婦の子供にも冷たく当たってしまう。
「子供は嫌いじゃない」とカレンは言う。
そう、嫌いじゃない。きっと愛せないんだ。
弁護士としてバリバリ働くエリザベスは、生まれた日に養子に出され、養親にもあまり大切にされずに育った。
ちょっと屈折していて、性に奔放で、他人の家庭を壊すことだって厭わない。
17歳の時に卵管結紮手術を受けているから、私は絶対妊娠なんかしない。
それなのに、自分のボスの子供を身ごもってしまう。
いや、それがボスの子供なのかどうかもわからない。
同時期に、エリザベスは隣人夫婦の旦那とも関係を持っていたから。
ボスはエリザベスの妊娠に気づき、一緒になろうと言う。
だけど、それは絶対にできない。
だって、ボスは黒人、隣りの旦那は白人だから。
子供が生まれた瞬間、自分が裏切っていたことがバレてしまうかもしれない。
だからエリザベスはボスの胸へ飛び込めない。
正直、このシーンでわたしは鳥肌が立つほど恐怖を覚えました。
これ、もし相手が2人とも白人、もしくは黒人だったら、エリザベスはどうしたんだろう。
もらい受けるのは、望まない妊娠をした20歳の学生の赤ちゃん。まだ妊娠6ヶ月。
生まれるまでの4ヶ月間、一緒にマタニティクラスに参加したり、家に招いて友人に紹介したりする。
そんなある日、ルーシーの夫はこう告げる。
「僕は自分の子供が欲しいんだ」
”あれほど話し合って養子をもらうって決めたのに。あの子は私のものなのよ。
もう今さら引っ込みつかないじゃない、どうしてくれるのよ。”
ルーシーは離婚し、1人で養子を育てる決心をする。
結局ルーシーが欲しかったのって、子供だけなの?
愛する夫と、その子供(この場合は養子)と築いていく家庭じゃなかったの?
しかも、養子に出すと約束していた学生が、「やっぱり自分で育てたい」と言い出した。
半狂乱になるルーシー。
そりゃ10ヶ月もお腹にいた子供に、愛情がわいてしまうのも無理はない。
・・・ここまででだいぶ長くなっていますけれども、もう少々お付き合いくださいませ。
カレンは職場で出会ったパコという、バツイチ子持ちの男性と結婚する。
自分が14歳の時に起こったことも受け入れてくれたパコ。
そんな彼の娘に、「自分の娘を探してみたら?」と言われ、探す決心をするカレン。
養子に出された孤児院を訪れ、娘への手紙を託す。
一方出産が迫るエリザベスも、自分を産んでくれた母と連絡を取りたいと思うようになる。
同じように手紙を書き、孤児院へ残す。
彼女は前置胎盤で帝王切開を進められているにも関わらず、自分で産みたいといい無理して出産。その結果、命を落としてしまう。
あぁ、もうなんかこのあたりで切な過ぎてありえないんですけど。
せっかく母と娘の絆が2人を結び付けようとした矢先、こんな展開って。
しかも孤児院のミスで、2人の手紙はお互いの手には渡っていなかった。
カレンがそのことを知ったのは、エリザベスが死んでから1年後のことだった。
エリザベスが産んだ子供もまた、身寄りのない子供になってしまった。
こういうの、因果応報っていうんだっけ?
この子供は、ルーシーの元へ行くことになる。
なぜなら、カレンとエリザベスが手紙を託したのも、ルーシーが養子をもらいに行ったのも、同じ孤児院だったから。
この映画の原題は「Mother & Child」。わたし、このままでよかったんじゃないかと思うのです。
「愛する人」ではなく、むしろ「愛するべき人」「愛されるべき人」のお話だったりもするし。
うーん、こういうのって難しいよねぇ。
私は子供を産んだことも、失ったこともないし、養子をもらおうと思ったこともない。
だから正直、誰に感情移入すればいいのかわからなかった。
でも、カレンはパコという「愛する人」を得たことで、心に余裕が生まれ、ほかの人も愛せるようになる。
あんなに毛嫌いしていた家政婦の子供だって、まるで祖母のような目で見られるように変身する。
最初の頃と後半の、カレンの表情の変化にただただびっくりです。まるで別人。
好きな人がいるって、自分の心を本当に豊かにするよね。
なにやってても楽しいし、いつだってその人のことを思えば自然と顔がほころんできたりする。
カレンの気持ちの変化は、すごくよくわかった。幸せって、こういうことなんだと。
ルーシーはちょっと子育てノイローゼ気味になって、育児放棄したくなったりもする。
きっと世の中のお母さんたちは、一度は「この子がいなくなったらどんなに楽だろう」って思うはず。
ましてルーシーにとっては、その子供は血の繋がらない子供なわけで。
だけど、ここでルーシーのファンキーな母親がものすごくいいこと言うんですよ。
そのセリフ、自分の子供に愛情を注げず虐待してしまう親たちに聞かせてやりたい。
子供は1人じゃ育たないんだよ。親の愛がなきゃ大きくならないんだよ。
エリザベスはとても残念な結末だったけど、最後まで「自分の子供が生まれてくるところを見たい」と言い張ったのは、自分の出生がわからないっていうことと関係しているのかなって思った。
本当に子供は母親から生まれてくるのか、この目で見てみなきゃ信用できないよ、っていう感情なのかと。
ナオミ・ワッツが実際の妊娠中にも撮影は行われてて、大きなお腹をさらけ出すシーンもある。
この写真は、盲目の女の子に自分のお腹を触らせているシーンなんだけど、きっとこの時も赤ちゃんがお腹にいるんじゃないかと思う。
ものすごくやさしい顔だもの(違ったりして)。
終盤のある大切なシーン、あえて書きませんが、それを観ていて思わず「ほぅっ」っとため息をついてしまいました。
こんな身近なところに、こんな奇跡が、みたいな。
そしてその後のシーンはまったく覚えていない(笑)。
どんな風に終わったのか、記憶から完全に欠如してしまいました。
それほど幸せなシーンだった、わたしには。
実際に子供を産んだ人、子育て中の人、養子をもらった人、それぞれ見かたは全然違う映画だと思う。
ただ一つ私にも言えることは、「子供を産めるのは女性だけ」ってこと。
「自分の子供が欲しい」なんて、男は勝手なこと言うけど、それが叶わない人だっていっぱいいっぱいいる。
そんなに欲しいなら、自分で産んでみてよ!って、キレた友人も知ってる。
もし自分に子供ができたら、わたしはきちんとその子に愛情を注げるだろうか。
一点の曇りもなく、「愛している」と伝えることができるだろうか。
1人の人間として、その子を育てていけるだろうか。
そんなことまで考えさせられた映画でした。泣けなかったけど。
ってことで、☆4.5。
どうかたくさんお客さんが入りますように・・・(笑)。